第15話 パーティーでの再会
陽咲はこういう場があまり得意じゃない。まだ返事をする前に、浬が両手を合わせて、まるで子犬みたいな上目遣いで頼み込んできた。
「頼むってば。他に付き合ってくれる人がいないんだよ〜」
陽咲は思わず吹き出した。「嘘つき。そんなわけないでしょ?」
それでも、友達として付き合うことにした。
「わかった。でも、ちゃんと早く帰らせてよ」
浬はニヤッと笑い、「了解。ちゃんと送り届けるよ」
「でも、私ドレス持ってないんだけど?」
「それなら任せて」
浬は口角を上げながら答えた。陽咲のドレス姿を思い浮かべ、すでに楽しみになっていた。
午後4時半、高級ドレス店。
陽咲が選んだのは、ブラックのイブニングドレス。裾のビジュー付きフリンジが揺れて、シンプルながらも華やかさをプラスしている。
彼女はロングヘアを軽くまとめ、パールのヘアピンで留めた。こめかみに残る緩やかな後れ毛が、自然な美しさが漂っていた。
ソファで雑誌をめくって待っていた浬は、階段から降りてくる陽咲の足音を聞いて、なんとなく顔を上げた。その瞬間、息をのんだ。
…やっぱり、想像以上だった。
陽咲の美しさは一目では分からない美しさだ。彼女が十分魅力的だと感じたときでも、少し手を加えるだけで、さらに美しくなれる。
「お客様の彼女さん、とっても綺麗ですね」
隣にいた店員が微笑みながら言うと、浬は満足げに微笑み返した。「ありがとう」
この四年間、会社を立ち上げること以外、陽咲をどうやって落とすかにほとんどの気持ちを注いできた。
会社は無事に上場できた。でも、恋愛の方は…まったく進展なし。
どれだけ誠意を見せても、陽咲はきっぱり線を引く。そういうところがまた、彼の闘志に火をつけるんだけど。
絶対に落としてみせる…
陽咲が隣に並ぶと、身長186cmの浬とすらっとした彼女のシルエットが、まるで絵に描いたように映える。
「そろそろ行こう。もう5時だし」
「…ねぇ、粟生」
陽咲は彼をじっと見上げ、軽く目を細める。「あなた、本当は何者?」
浬は意味深に笑った。「ただの香水会社の社長だよ」
陽咲はその言葉を信じなかった。彼の持つ独特の品格、それに、今夜のドレス代だけで7桁越え。普通の会社社長が、こんなポンと出せるはずがない。
車の中では、新商品の話をしながら、陽咲はふと樱子のことを思い出した。
落ちぶれていた時期、助けてくれた大切な人。
今度、樱子の故郷に行こうかな…
あの場所には、丘一面の野花が広がっていた。澄んだ空に、素朴な人々。
香水職人になった今、知らない香りを探しに行くのが何よりの楽しみだった。
遠くにそびえ立つ摩天楼、夜の闇に浮かび上がる栄世グループ。
まるで空へと続く光の柱のように輝いている。
社長室
凌介はスマホを手に取り、低い声で問いかけた。
「坊っちゃん、家まで送ったか?」
「はい、先ほど到着しました」
「今夜はそっちで彼を見ていてくれ。俺は少し遅く帰る」
今夜はチャリティーパーティーがある。母の友人が主催するものだから、さすがに顔を出さないと。
ノックの音とともに、秘書の木村修司が入ってきた。「社長、お時間です」
市中心の七つ星ホテル。
今夜のここは高級車がズラリと並び、街の名士や大物たちがこぞって集まっていた。
は陽咲をホテルのロビーに連れてきた。浬は高身長でイケメン、成熟した男の色気を漂わせている。陽咲は彼の隣に立っていると、細くて魅力的に見える。
浬はさりげなく男の魅力をアピールしつつ、今夜こそ陽咲に「意識」してもらうことを狙っていた。
陽咲もバカじゃないから、浬の気持ちはちゃんとわかる。
でも――
彼女はそれに応えることができなかった。
だって、彼女の体と心は、別の男にボロボロにされて、命さえ危うくしたことがある。
だから、今では男には心から距離を置いている。どんなに素晴らしい人でも、もう一切ときめくことはない。
宴会場
賓客たちが次々と到着し、ホール内はすでに賑やかそのもの。グラスが交わされ、政財界の重鎮たちが談笑し合う。どこを見ても、華やかな上流社会の縮図だった。
浬は陽咲を連れて、何人かの実業家たちに挨拶する。男たちは浬と話しながらも、チラチラと陽咲を眺めていた。
…こういう視線、マジでウザい。
でも、今ここで嫌な顔をするわけにもいかない。陽咲は内心ため息をつきながら、営業スマイルを浮かべていた。
その頃、ホテルのエントランス
黒のブガッティが音もなく停まる。ドアが開き、スラリとした長身の男が降り立った。
スーツの襟を整え、一歩踏み出す。その動作ひとつで、周囲の空気が変わる。
喋らなくても分かる。この男は只者じゃない。
宴会場、十階
扉が開くと、煌めくシャンデリアの光の下に、完璧すぎる顔立ちの男が現れた。まるで女神が手ずから作ったかのような、美しすぎる造形。
その瞬間、会場中の女たちが息を呑む。
若い男どもは、完全に霞んだ。
「…誰だ、あの人…?」
ざわめきの中、一人の年配の紳士が嬉しそうに歩み寄る。
「凌介!よく来てくれたな!」
「叔父さん」
「いやぁ、お前と会うのは本当に久しぶりだな。来てくれて光栄だよ!」
「そんな、大げさですよ」凌介は穏やかに微笑んだ。
周りでは、若い女性たちがアピールしまくっていた。目が合えば頬を染め、視線を逸らしては、また見つめる。その繰り返し。
うわ、マジでイケメン!
凌介はさっさと話を切り上げ、ホール内を見渡した。
その時、凌介は一人の人影を見つけた。彼は前にいるの人に言った。
「叔父さん、少し友人にご挨拶してまいります。失礼いたします」
凌介は先輩を見つけて、相手も振り返って彼を見た。二人は自然に拳を軽く合わせて挨拶した。
宴会場のバルコニー
浬は仕事のためにこの宴に出席したが、陽咲にとっては退屈な時間だった。人混みを抜け出し、バルコニーの端で夜風に当たる。
グラスの中のワインを揺らしながら、遠くの夜景を眺める。
光の下、陽咲は黒のドレスを纏い、静かに佇んでいた。夜の精霊のように、幻想的な美しさだった。
そんな彼女のスマホが鳴る。
「…もしもし?」
「どこにいる?」
「バルコニー」
そう答えながら、は宴会場の明るい照明の下へと足を踏み出した。
ちょうどその瞬間。
遠くの人混みの中、グラスを傾けていた男が――
ピタリ、と動きを止めた。
瞳が、大きく揺れる。
手元のグラスが傾き、ワインがスーツに垂れたことにも気づかない。
指先で唇を拭いながら、じっと彼女を見つめる。
まるで、一瞬ビクッとなった後、即座に冷静さを取り戻した獣みたいやった。
あの光の下の姿を、息を呑むようにじっと見つめる。
……ほんまに、おるはずないヤツほど、急に現れるもんやな。
なんの前触れもなく、不意打ちで。