第10話 ちびっこレスキュー大作戦!
陽咲は美しい瞳を大きく見開いた。思わず口を押さえて、音が聞こえた方へ静かに歩きながら向かった。
角を曲がると、バルコニーの辺りに、背を向けたおじいさんが、小さな男の子を地面に押さえつけて、テープで口を塞いでいるのが見えた。
その横には、子供を入れようとしているような麻袋もあった。
誘拐犯!?
心臓がギュッと縮み上がる。地面でもがく子供を見て、陽咲はいても立ってもいられなかった。
ただ傍観なんて、絶対にできない。
この子の親はどれほど心配しているだろう?
子供がいなくなるって、家族を壊すことと同じだ。
周りを見渡すと、鋭利な看板が目に入った。迷う暇なんてない、彼女はそれを躊躇なく掴み、手にぐっと力を込めた。
考えてる時間はない!
陽咲は勢いよく誘拐犯の背中めがけて、全力で振り下ろした。
ドンッ!
「ぐぁっ!」
男は苦痛に顔を歪め、その場に崩れ落ちる。しかし、陽咲は手を緩めない。
二発目、いくよ!
ゴンッ!
「うぐっ!」
今度こそ男は地面に突っ伏した。その隙に陽咲は素早く男の子の腕を掴み、ガムテープで塞がれた口元も気にする余裕もなく、とにかく走り出した。
「行くよ!」
男の子も自分が助かったって分かって、必死に陽咲の手を握りしめ、彼女について走り出した。
二人はようやく人混みの中へ逃げ込む。だが、陽咲はまだ安心できなかった。
「坊や、もう少し隠れよう!」
そう言うが早いか、近くの倉庫を見つけ、坊っちゃんの手を引いて中へ飛び込んだ。
ドアを閉め、中から鍵をかける。
シーッ…
陽咲は唇に指を当て、小さな坊っちゃんに合図を送る。
坊っちゃんは大きな瞳を瞬かせると、小さく頷いた。
陽咲は彼の口元を指差し、「取ってあげるね?」とジェスチャーする。
すると、
「んっ…」
坊っちゃんは勇敢にも、自分でガムテープを剥がした。痛そうに顔を歪めるが、一言も泣き言を言わない。
陽咲はようやく、目の前の坊っちゃんをじっくりと見ることができた。
えっ…!?
彼女は言葉を失った。
男の子は4歳くらい。だけど、その顔立ちは…
可愛いとかそういうレベルを超えている。
見るだけで癒される。
完璧に整った顔立ち、綺麗なライン、まだ幼いながらも将来は間違いなく美男子になる——そんな骨格をしていた。
一方、坊っちゃんもじっと陽咲を見つめる。
その瞳が、しばらくの間ぽかんとしたまま動かなかった。
こんなに綺麗なお姉さんが、僕を助けてくれたんだ…!
「きれいなお姉ちゃん、すっごくカッコよかったよ!助けてくれてありがとう!」
坊っちゃんは小声で、でもしっかりとそう言った。
陽咲は微笑むと、優しく問いかける。
「どうして誘拐されそうになったの?」
「迷子になっちゃって…そしたら、いきなりあの人が僕をさらったんだ!」
坊っちゃんは悔しそうに眉を寄せる。
本当に、私が気づいてよかった!
もし誰も気づかなかったら、この子はどうなっていたことか。
「もう大丈夫。お姉ちゃんが、必ず安全にお家まで送ってあげるからね!」陽咲は、そう約束した。
すると、坊っちゃんの大きな瞳が、じっと彼女を見つめたまま瞬かない。
ドキドキと胸が高鳴った。そして、なんとも言えない親近感が湧いてきた。
あれ…?
このお姉ちゃん、なんだか…
ママみたい…!
目の前のかわいらしい子がじーっと自分を見つめているのを見て、陽咲は思わず手を伸ばして、彼の頭を撫でた。
ほんとに可愛い子ね!
坊っちゃんは、陽咲の手のひらの温かさを感じながら、不思議な気持ちが胸に湧き上がった。まるでママの愛で包まれているような感じがした。
坊っちゃんの心の奥に、小さな願いが生まれる。
このお姉ちゃんが、本当のママだったらいいのにな…。
「ねぇ、お姉ちゃん!」
坊っちゃんは、期待に満ちた顔で手を伸ばした。
「スマホ貸してくれる?パパに電話したい!」
陽咲はスマホを取り出し、苦笑した。
「ちょうど電池切れちゃった…」
ちょうどその時、館内放送が流れる。
「悠晴くん、夜神悠晴くん、もし聞こえていたら、総合案内所まで来てください。ご家族が探しています」
「悠晴くん…?」
陽咲は思わず聞き返す。
坊っちゃんは元気よく頷いた。
「うん!僕のこと!」
「よし、じゃあ案内所まで一緒に行こう!」
陽咲は坊っちゃんの手をしっかり握り、慎重にドアを開ける。周囲を警戒しながら、彼を安全な場所へ連れていく。
人混みの中で、小っちゃい奴は心の中に訳の分からない幸せな気持ちが湧き上がった。
ずっとこんな温かい手のひらで手をつないでいてくれたらいいのになって、そんな思いが込み上げてきた。
博物館の入り口に、やたら焦った様子の長身の男がズカズカと入ってきた。
凌介だ。4年ぶりに見る彼は、グッと大人っぽくなってて、風格も増してた。…が、今はそのイケメンな顔に焦りと不安がにじみ出てる。
理由は簡単。15分前、ボディガードから「坊っちゃんがいなくなりました!」と連絡が入り、頭が真っ白になったからだ。
館内放送で息子の名前が呼ばれてるのを聞いて、心臓がギュッと掴まれる感覚に襲われた。
一方、案内所の前には、汗ダラダラでアタフタしてるボディガードたちが数人。
そんな時、人混みの中から、一人の女性がちっちゃい坊っちゃんの手を引いて歩いてくるのが見えた。
それを見た瞬間、ボディガード隊長がご先祖様でも拝む勢いでダッシュした。
「坊っちゃん、坊っちゃん!!マジで驚かせないでください!どこ行ってたんですか!」
隊長の渡边浩二は、坊っちゃんをギュッと抱きしめ、目を赤くしていた。
「おじさん、ごめんなさい。俺、勝手に動いちゃって…心配かけたね。でも、もう大丈夫!」
陽咲は最初、この人が子供の父親かと思ったが、「坊っちゃん」と呼ぶのを聞いてボディガードだと気づいた。
なるほど、やけに品のあるガキだと思ったら、金持ちのボンボンってわけね。
「おたくの坊っちゃん、さっき男にさらわれそうになったんですよ。幸い、私が気づいて助けましたけど」
陽咲がそう言うと、渡边浩二の顔にゾッとした色が浮かび、すぐに頭を下げた。
「本当にありがとうございます、お嬢さん…おかげさまで助かりました。あなたはうちの坊っちゃんの恩人です!」
「いいって、無事で何より。じゃ、私はもう行くね」
陽咲は小百合と百花を探しに行こうとした。
その時、坊っちゃんが彼女の手をギュッと掴んだ。
くりくりの大きな瞳が、じっと陽咲を見つめる。
「キレイなお姉ちゃん、また会える?」
陽咲は一瞬戸惑ったが、しゃがんで微笑んだ。
「うーん、どうだろうねぇ」
「だって、お姉ちゃん俺の命の恩人だもん!パパにもちゃんとお礼させなきゃ!」
坊っちゃんは真剣な顔で言う。
陽咲は基本、見返りとか求めないタイプ。
軽く首を振って、「いいのいいの。君が無事なら、それだけで充分だから」
すると、坊っちゃんが案内所に向かって叫んだ。
「お姉さん!紙とペンください!」
案内所のお姉さんがすぐに渡すと、坊っちゃんは陽咲に向かって、「ねぇ、お姉ちゃん。番号教えてくれない?友達になりたい!」
真剣な顔で見つめられると、さすがに断れない。
陽咲は紙を受け取り、番号を書いた。
ちょうど名前を書こうとした時。
「お姉ちゃーん!!恐竜見に行こっ!!」
突然、百花が駆け寄ってきて、陽咲の脚にしがみつく。
「あっ…」
名前を書く間もなく、陽咲は紙を坊っちゃんに手渡した。「はい、これ私の番号。電話していいよ!」
坊っちゃんは嬉しそうに頷く。
陽咲が百花を抱えているのを見て、好奇心から尋ねた。
「ねぇ、お姉ちゃん。この子、娘?」
陽咲は笑いながら首を振った。「違うよ、友達の娘。私、まだ独身だし」
独身!?
坊っちゃんの目がキラキラ輝いた。
独身…ってことは、パパ、まだチャンスある!
「じゃあね、お姉ちゃん!」坊っちゃんが元気よく手を振る。
陽咲が小百合と合流したばかりのその時
「悠晴…」
低く、焦ったような男の声が、案内所の方から聞こえた。
次の瞬間、坊っちゃんはガシッと大きな腕に抱きしめられる。
「パパ!」
嬉しそうにその胸に飛び込んだ。