第14話 犬の方がマシ
雨宮夏帆を見つめながら、心の奥底から込み上げる何かを感じたが、結局何も言えなくなってしまった。
焦った飯田咲子が、飯田美沙の袖を引っ張りながら訴えた。
「ママ…」
「心配しなくていい。私はあなたから男を奪ったりなんかしない」
雨宮夏帆は冷ややかに飯田咲子を一瞥し、飯田綾に向き直った。
「おばあちゃん、私からも二つ言わせて。まず一つ目、私は木村雅也と婚約するつもりはありません。二つ目、私はもう彼に何の感情もありません」
「でも、あなたは昔、あれほど彼のことを好きだったじゃないか?毎日のように彼の後を追いかけ回して…」
「昔は昔、今は今」
雨宮夏帆は微笑みながら、冗談めかして言った。
「おばあちゃん、もし私に後ろ盾を用意してくれるなら、もっと良い縁談を探してほしいです」
「とにかく、木村雅也とは絶対に結婚しません。彼と結婚するくらいなら、犬と結婚する方がマシ!」
その瞬間——
ちょうど病室に入ってきた木村雅也が、その言葉を聞いてしまった。
「犬と結婚する方がマシ…?」
彼は呆然とした。
これはつまり、自分が犬以下だと暗に言っているのか?
いや、もはや明確に言っているのでは…?
木村雅也の顔色は、一気に真っ黒になった。
彼女にここまで嫌悪されるとは思ってもいなかった。
四年前の出来事が、彼女にとってどれほど深い傷になっていたのかを、ようやく実感した。
「俺のことを犬と比べるのは、礼儀としてどうなんだ?」
木村雅也は無表情のまま病室に入った。
「雅也も来てたの?」
飯田綾は、彼を見て嬉しそうに目を輝かせた。
「こんにちは、おばあさま、お体の方は大丈夫ですか?」
木村雅也は礼儀正しく挨拶をし、持ってきた栄養補助食品をテーブルに置いた。
「大丈夫よ!とっても元気!」
飯田綾は急に活力を取り戻した。
名門の若きエリート、どの娘が見ても心を奪われないはずがない。どの年配者が見ても気に入らないはずがない。
「ねぇ、お母さん、せっかく皆が揃っていますし、咲子と雅也の婚約の日取りを決めるのはどうかしら?」
飯田美沙はすかさず話を進めようとした。
その言葉を聞いて、飯田咲子は興奮して両手をぎゅっと握りしめ、木村雅也を見つめる目も輝いていた。
隠しきれないほどの愛情が、瞳の奥からあふれていた。
だが、木村雅也は彼女を一瞥することもなく、漆黒の瞳を雨宮夏帆に向け、遠慮なく問いかけた。
「夏帆、いつから俺のことを嫌いになった?」
雨宮夏帆は一瞬、呆然とした。
彼がどうしてそんなことを聞くのか、よく分からなかった。
それに、分かっていて聞いているはずだ。
4年前、彼もまた自分を監獄送りにした一人なのに、まだ彼のことが好きだとでも?そんなバカな話がある?
周囲の人間も、一様に疑問の表情を浮かべていた。
元々、彼らは皆、雨宮夏帆がまだ木村雅也に未練を持っているのではないかと心配していた。
だが、今のこの雰囲気はどういうことだ?
まるで木村雅也の方が雨宮夏帆を気にしているようではないか?
特に飯田咲子は、力が抜けそうになり、立っているのがやっとだった。
もし木村雅也が、自分ではなく雨宮夏帆を選ぶとなれば──
誰が何を言おうと、すべて無意味になってしまう。
「木村雅也、おばあちゃんはたった今目を覚ましたばかりだ。発言する前に、少しは考えたらどうだ?」
飯田孝太は、思わず警告した。
他の者たちは知らなくても、彼だけは知っている。木村雅也は雨宮夏帆に気がある。
「深い意味はないさ。ただちょっと疑問に思っただけだ」
「俺って、犬以下って呼ばれるほどの酷い人間か?夏帆は犬と結婚するほうがマシだって言ってたけど、さすがに俺の自尊心が傷ついたな」
その軽い冗談めいた一言で、張り詰めていた空気が一気に和らいだ。