第11話 おばあちゃんの目覚め
互いに庇い合う二人を見て、飯田孝太は呆れ果て、深いため息をついた。
そして、冷たい視線で上原明美を睨みつけ、警告した。
「こんなことは二度とするな!」
その時、飯田美沙が慌てて病室に駆け込んできた。
娘が怪我をして入院したと聞き、急いで来たのだ。
事情を聞いた彼女は、迷わず娘の味方をした。
「咲子、今後は上原明美と距離を置きなさい。友達を選ばないと、足を引っ張られるわよ」
飯田咲子は涙を流しながら頷いた。
「ママ…分かった。でも、今はお姉様のことが心配なの…」
「お姉様は、私を助けるために、頭を強く打って、血が出てるの…」飯田美沙は、その言葉を聞くと、緊張した面持ちで息子に問いかけた。
「彼女の怪我はどのくらいひどいの?孝太、すぐに夏帆を連れて医者に診てもらいなさい!」
飯田孝太はため息をつき、困ったように答えた。
「一応バーに行ってみましたが、彼女の姿はなかったです。ホテルの方にも見当たりませんでした」
飯田美沙は、その場に立ち尽くし、目を潤ませながら、苦しげに呟いた。
「あの子は何を考えているのかしら…やっと刑務所から出てきたばかりなのに、まだ体中に怪我があるのに、すぐに働きに出るなんて…家には十分なお金があるのに、どうしてこんなにも自分を苦しめるの?」
「母さん、今の彼女はとても頑固で、俺たちのことを恨んでいるようです。介護士を雇ってあげようとしても拒否するし、お金を渡しても受け取ろうとしません。とりあえず、今はそっとしておくしかないと思います。おばあちゃんが目を覚ましたら、きっと彼女を説得してくれるはずですよ」
飯田孝太の言葉に、飯田美沙は寂しそうに頷いた。
「…それするしかないわね」
一方、その頃——
雨宮夏帆はバーを出た後、行くあてもなく夜の街を彷徨い続けた。
そして、深夜になってから再びバーへ戻り、仕事を再開した。
幸いにも、店長は飯田咲子の一件を理由に彼女を解雇することはなかった。
酒場が閉店するまで働き詰めだった彼女は、ようやくホテルへと戻り、ベッドに倒れ込んだ。
しかし——
出所したばかりの自由な初夜にもかかわらず、彼女の眠りは浅く、何度も悪夢にうなされた。
「やめて…!お願いだから…殴らないで!」
——突然、雨宮夏帆は目を覚ました。
息が荒く、額には汗がびっしょりと滲んでいた。
たった二時間の間に、もう五度も悪夢にうなされていた。
この四年間、彼女は毎晩、監獄の中での恐怖と屈辱に耐え続けてきた。
一度たりとも安眠した夜はなかった。
今、自由の身になったはずなのに、心の奥に巣くう恐怖はまったく消え去っていない。
まるで悪霊のように、彼女にまとわりついて離れなかった。
こんなこと、いつまで続くの?
飯田家は、確かに彼女に十八年間の裕福な生活を与えた。
しかし、彼女に背負わせた傷は、一生癒えることのないものだった。
——彼女は、ただひたすら憎しみを噛み締め、拳を固く握りしめた。
朝になった頃、携帯が鳴った。
電話の相手は病院の看護師だった。
「おばあさまが目を覚ましましたよ!」
——その瞬間、彼女の意識の中から悪夢の疲れが一気に吹き飛んだ。
「……!?」
まるで雷に打たれたように、彼女は飛び起き、急いで身支度を整えた。
そして、痛む足を引きずりながらも、病院へと向かった。
病室には、飯田家の人間が集まっていた。
飯田綾は、病床に横たわったまま、焦ってい声で尋ねた。
「…夏帆は?私の夏帆はどこにいるの?無事に出てきたの?お願いだから、隠さないで…!」
「おばあちゃん!私はここにいるよ!」
ちょうど病室に駆け込んできた雨宮夏帆は、その言葉を聞いた途端、脚の痛みも忘れて、全力でおばあちゃんの元へ駆け寄った。
「…おばあちゃん!」
彼女の目から、堪えきれない涙があふれ出した。
そのままおばあちゃんの胸に飛び込み、幼い子供のように泣きじゃくった。
——出所して以来、初めて流した涙だった。
それは、悲しみの涙ではなく、喜びの涙だった。
この世で自分を一番愛してくれるおばあちゃんが、まだ生きていてくれた。
彼女の人生において、最も温かい存在であるおばあちゃんが、こうして目の前にいる。
「…よかった…本当に、よかった…!」