第3話 彼女の家族たち
優山は話しながら、ふと視線をそらし、安澄の隣にいる赤ちゃんを見つけた。
「にこ…あの、姪っ子ってことで、赤ちゃんの写真…撮ってもいいかな?」
優山はすごく遠慮がちに聞いた。
安澄はしばらくぽかんとしていたけど、すぐに我に返って、慌てて頷いた。
「うん、いいですよ」
彼女は無意識のうちに少し横に動いて、スペースをあけてあげた。
優山はすぐに近づいて、安澄と一瞬目が合うと、スマホを取り出して、二人の赤ちゃんの写真をそっと撮った。
その後、赤ちゃんたちの可愛い姿に目を細めてニッコリしながら、写真を家族グループに送ろうとしたけど、ふと我に返り、急いで安澄を見て言った。
「えっと…姪っ子…この写真、"仲良し家族"のグループに送りたいんだけど…みんなに赤ちゃん見せても大丈夫かな?」
「この20数年、ずっと君を探してたんだ。きっとみんな、君のこと知りたがってると思う」
優山の声は少し震えていた。
「うん、いいです、大丈夫です」
安澄は彼の緊張と興奮、それから嬉しさをちゃんと感じ取って、自分の心まで高鳴っていた。嬉しさと戸惑いが、胸の奥でせめぎ合っていた。
そっか、私にも家族がいたんだ。
お父さんとお母さんがいて、お兄ちゃんや叔父さんたちもいて、みんながずっと私のこと思ってくれてた。20年以上も探してくれてたんだ。私は、捨てられた子じゃなかったんだ。
安澄の許可をもらった優山は、本当に嬉しそうにすぐグループに写真を送った。
メッセージを送信した途端、グループ内は一気に大騒ぎ。
【ちょっと、なにこれ!?】
【赤ちゃん?誰の?】
【優山、お前まさか内緒で子ども作ったんじゃないだろうな?】
【キャーー!めちゃくちゃ可愛い赤ちゃん!誰が産んだの!?早く教えてー!】
優山:【うちの姪っ子の赤ちゃんだよ!しかも双子!今さっき生まれたばかり!めっちゃ可愛いでしょ?】
そう送って、めっちゃドヤ顔でさらにメッセージを追加。
優山:【みんな、ちゃんとお祝い用意しといてよ!赤ちゃんたちの分も、うちの姪っ子の分も!ひとつでも欠けたらダメだからな!今回のお祝いはとにかく奮発して!ケチったら許さないから!】
安澄は、優山の表情をこっそり見ていた。
最初は遠慮がちだったのに、次第に興奮して、ついには得意げにニコニコしている。その姿に、自分の気持ちも自然と引っ張られた。気づけば、自分の口元にもふわっと笑みが浮かんでいた。
そして、安澄はそっと隣にいる赤ちゃんたちに目を向けた。ふにゃっとした小さな双子、あったかくて、小さくて、とっても愛おしい。
夕方、財前家の人たちが慌ただしく病院へ駆け込み、まっすぐ入院病棟へ。そしてついに、安澄がいる病室の前にたどり着いた。
目の前に病室のドアが現れると、圭介、紗那、そして背の高い三人の息子たちは、ぴたりと足を止めた。みんな一様に、緊張と不安、そしてほんの少しの怖さを抱えていた。
沈黙のなか、母の紗那が小さく深呼吸をしてから、一歩踏み出す。そして、そっと手を伸ばしてドアをノックした。
病室の中では、優山がまだ安澄たちを見ていた。時々、安澄の顔を見ては、また赤ちゃんたちに目を戻す。見れば見るほど嬉しくなって、目が離せなくなる。
うちの宝物たちだ。
ノックの音に、優山は一瞬びくっとしたが、すぐに気づく。
ああ、兄さんたちが来たんだな。
慌てて立ち上がり、扉を開ける。
ドアが開いた瞬間、廊下に立っていた家族たちが一斉に目に飛び込んできた。先頭に立っていたのは、紗那だった。
病室のベッドに座っていた安澄は、その姿を見た瞬間、心臓が一瞬止まったような感覚に襲われた。
この人が、私の…?
紗那は弟の優山を見て、場所を間違えていないことを確信すると、さらに緊張が増し、思わず身を乗り出して病室の中を見つめた。
そして、安澄と紗那の視線が、ふいにぴたりと重なった。
目と目が合った瞬間、緊張と喜び、それにどうしようもない高揚感が胸いっぱいにこみ上げてくる。そしてその後に押し寄せたのは、20年以上もの間ずっとこらえていた、別れの痛みだった。
紗那の目から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。けれど、それを一瞬で拭って、すぐに中へ駆け込んできた。
その後ろから、圭介と三人の息子たちも続いて入ってきた。
さっきまで外で待ちきれなかった彼らだったが、いざ病室に入ると、誰もが急に緊張して黙り込んだ。全員が、安澄を見つめる。
安澄は生まれてから、こんなふうにたくさんの人にじっと見られたことなんてなかった。胸がドキドキして、落ち着かない。
優山は見ていられなくなって、慌てて口を開いた。
「ちょっとちょっと、兄さん、姉さん、それにお前ら三人、落ち着けって。にこがビビるだろ」
そのひと言で、場の空気がすっと変わった。みんなもようやく我に返ったように、表情を緩めていった。
紗那は涙を拭きながら笑い、圭介は少し顔を背けて、こっそり目元を拭った。三人の兄たちも、ようやく笑顔を浮かべた。
優山は口元をゆるめて、どこか得意げに笑った。そして立ち上がって、みんなに向かって言った。
「にこ、こっちが君のお母さん、名前は紗那。この20年、一番君のことを思ってたのは彼女だよ。見つけられなくて、何度も泣いて、目まで悪くなっちゃってさ…」
「ちょ、優山!」
紗那が慌てて遮る。
「そんなこと、にこに言わないで」
にこ。
それは財前家が安澄に付けた愛称。いつも笑顔でいられるようにって、そう願いを込めて名づけたのに、運命はあまりにも残酷で、この子に一番つらい道を歩ませてしまった。
優山は慌てて口をつぐむと、安澄の方を振り返った。その目には、あたたかな優しさがあふれていた。
「まぁ、何が言いたいかっていうと、君のお母さんは、本当に君のこと、大切に思ってるんだよ」
その言葉に、安澄の目にも涙が滲んだ。彼女はそっと顔をそむけ、手元にティッシュを探した。
そのとき、目の前にティッシュが差し出された。顔を上げると、端正な顔立ちの青年が、優しいまなざしで自分を見つめていた。
安澄はティッシュを受け取り、少し緊張した声でお礼を言った。
「ありがとうございます」
「にこ、彼は君の一番上のお兄ちゃん、瑛太。法律を学んで、今は自分の弁護士事務所をやってる。今後なにか困ったことがあったら、瑛太に相談すれば絶対大丈夫だよ!」
優山はにこに笑いながら紹介した。
お兄ちゃん、弁護士…?若いのにもう事務所やってるなんて、なんかすごい。
安澄は思わず、じっと瑛太を見つめてしまった。胸の奥に、ぽっと憧れの気持ちが灯る。
瑛太はそんな妹の視線を受けて、さらに目を細めて優しく笑う。
「にこ、僕が長男の財前瑛太。何かあったら、遠慮せずに頼ってくれていいからね」
その隣で、派手なヒップホップ系の服を着た少年が慌てて口を挟む。
「そうそう!僕は三男、財前北斗!芸能界で活動してるんだ。にこがもし芸能界に興味あったら、僕が全力でバックアップするよ!」
「黙れっ!」
病室内に同時に響く三つの声が、北斗を一斉に叱った。
北斗は不満そうにみんなを見渡しながら反論した。
「なんでよ!僕とにこ、初対面なんだよ?僕だって妹のこと守りたいんだよ!なんで僕だけダメなの!?」
「自分の立ち位置、そろそろわかろうか?」
紗那が呆れてため息をつく。
「そうだぞ、北斗。お前が家業継ぎたくないからって芸能界で遊ぶのはもう好きにすればいいけど、にこまで巻き込むな!」
圭介もすかさずツッコミを入れた。
そう言いながら、圭介はすぐに安澄の方を向いて、にっこり笑った。
「にこ、あいつら三人のことはマネしなくていいからな。家業があるのに、全員そろって好き勝手やってて…父さん、もう何回倒れそうになったか!でも君が帰ってきてくれた。もうそれだけで十分。これからは家のこと、全部にこに任せるつもりだ。あの三人のバカ息子たちには…一円も渡さないからな、ふんっ!」