第17話 弱点
広告撮影の日、泉は約束の時間より早く撮影スタジオに到着し、スタッフに指示を出して準備を進めていた。
間もなくして、カメラマンの宇野清とメイクアップアーティストの小森宏美が到着した。この二人は泉の長年の協力者で、彼女が望む効果を一言で理解できる関係だった。
撮影準備がほぼ整った頃、泉は腕時計を確認した。すでに約束の時間から30分が過ぎていたが、玲奈とそのチームはまだ姿を見せていなかった。
アシスタントはすでに一度催促の連絡を入れていた。
宇野清はカメラをいじりながら、皮肉を込めて言った。
「玲奈さんって、本当に大物ぶりがすごいね」
小森宏美は冷笑し、
「仕方ないわよ。海外帰りの人だからね。大物ぶられたって、私たちは何もできないでしょ?だって彼女をクビにする権限なんてないんだから。泉さんだって同じだろう」
誰もが知っていた——この広告アンバサダーは社長が直接指名した人物だと。
普段なら、MQブランドの部長として泉にはアンバサダーを変更する権利があった。しかし、玲奈に関してはその権限が通用しなかった。
泉は電話を取り出し、川田美優の番号を押した。コール音が鳴った後、「ツー」と音がして電話が切れた。
小森宏美は目を丸くし、怒りを込めて言った。
「あの人たち、なんて無礼なの!社長が後ろ盾だからって、泉さんまで軽んじるなんて」
数分待っても連絡が来なかったため、泉は再度電話をかけた。だが、またもや電話は切られた。
数回試みた後も同じ結果だったため、泉は携帯を閉じ、宇野清と小森宏美に向かって言った。
「おそらく彼らは最遅でもお昼には来るでしょう。一旦帰ってください。必要になったらまた連絡します」
長年の経験から、泉は川田美優の態度や意図を初対面の時から理解していた。
小森宏美は冷笑し、
「これまでいろんな顧客に会ったけど、ここまで大物ぶる人は初めてよ。海外で何年かやってきただけで、金メッキした気分になってるのかしら。トップ賞もトップの興行成績も何もないのに、どこにそんな自信があるの?」
泉は柔らかく笑って言った。
「怒らないで。今度食事を奢るから、お願い」
「分かったわ、じゃあ一旦失礼します」
宇野清と小森宏美は挨拶をして先にスタジオを去った。
泉はその場に残り、アシスタントにノートパソコンを持ってくるよう頼み、控室で仕事を進めた。
外からざわめきが聞こえ、泉は仕事から意識を切り替えて時計を確認した。時刻はすでに11時半を回っていた。
やっぱり、予想通りね。
ちょうどその時、アシスタントがドアをノックして言った。
「朝倉部長、安部さんたちが到着しました」
「分かったわ、今行く」
泉はノートパソコンを閉じ、軽く伸びをしてからそれをバッグにしまい、ゆっくりと控室を出た。
すると、川田美優が笑顔で歩み寄り、申し訳なさそうに言った。
「朝倉部長、本当に申し訳ありません。今朝、会社で急に会議が入ってしまい、時間が遅れてしまいました。しかも、私の携帯がアシスタントの手元にあって、電話を切られてしまったようです。戻ったら彼を叱っておきますので、どうかお許しください」
玲奈の言葉は謝罪のように聞こえたが、その表情には全く謝罪の意図が感じられなかった。
「泉、今日は本当にごめんなさい。ちょっと予期せぬ問題があって、長い間待たせてしまいました」
玲奈は笑顔で言った。
泉は軽く微笑み、
「気にしないでください。ちょうど帰ろうと思っていたところです」
川田美優が笑みを浮かべながら言った。
「朝倉部長、どうぞ安心してお帰りください。ここには他のスタッフもいますし、ずっと付き添っていただく必要はありません」
泉は柔らかく微笑みながらも、さらりと言った。
「実は、今日は撮影しません」
川田美優の顔から笑みが消え、冷たい表情になった。
「朝倉部長、それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味です」
「ふざけているのですか?撮影をしないのであれば、なぜ事前に通知してくれなかったのです?私たちを無駄足させるなんて」
「緊急事態だったのです。化粧師とカメラマンがいなくなってしまいました。今朝、川田さんに連絡をしようとしましたが、何度かけても電話に出ませんでした。もちろん、川田さんが私の電話を故意に無視するはずがありません。おそらく、アシスタントのミスでしょう。そのため、私はわざわざここで待つことにしました。万が一、皆さんが来られた際に、連絡がつかないという事態を避けるためです」
泉のこの言葉を聞いて、川田美優と玲奈の顔には一瞬、動揺の色が浮かんだ。
「今、通知しましたので、これで失礼します。明日の撮影では、遅刻しないようにお願いします」
泉は微笑みながら言い、ノートパソコンを持って颯爽と立ち去った。
川田美優と玲奈はその場に立ち尽くし、泉の去る背中を見ながら顔をしかめた。
「なんて女なの!あんなに抜け目のない人だとは思わなかったわ」
川田美優は怒りに満ちた声で言った。
玲奈は冷静に微笑んだ。
「だから言ったでしょ?そんな小細工は彼女には通じないって。考えてみてよ、私が海外に行った後、拓を手に入れた女性よ。簡単な相手のはずがないわ」
「それで、どうするつもり?」
川田美優は心配そうに尋ねた。今日の遅刻の理由を使った以上、明日同じ手を使うわけにはいかなかった。
玲奈はスマートフォンを手に取りながら言った。
「拓に電話するわ」
泉は強い意志を持つ女性だ。普通の手段では彼女を傷つけられない。唯一の弱点は、彼女が想いを寄せる拓だけだった。