第15話 もう二度と味わいたくなかった
泉は慌てて場を和ませようと、祖父に料理を勧めた。
「お爺さん、この酢豚風ナスは私が作った。以前お好きだと言っていたよね」
おばあさんも声を添えた。
「ほら見て、泉はあなたのことをちゃんと覚えてるんだよ。私なんて嫉妬しちゃうわ」
「泉は本当に孝行者だ」
祖父は箸を手に取り、満足げに頷いた。
「でもな、一部の恩知らずな奴は、爺さんを怒らせることばかりする。まるで、わしを怒り死なせるまで止める気がないみたいだ」
その恩知らずな拓「……」
「お爺さん、そんなこと言わないで。お爺さんは絶対に長生きするよ」
泉の両親は彼女が幼い頃に離婚した。裁判の結果、泉は父親に引き取られた。正確に言えば、母親が彼女を拒否したのだった。それ以来、母親は一度も彼女を訪ねてきたことがない。
父親は仕事が忙しく、幼い泉は祖父母に預けられて田舎で育てられた。しかし、数年後に祖父母が相次いで亡くなり、泉は父親に引き取られた。
16歳の時、父親も亡くなり、泉は完全に一人になった。
その後、現在の祖父母に引き取られ、温かさと新たな家庭を与えられた。
親しい人を一人、また一人と失う痛みを、彼女はもう二度と味わいたくなかった。
だからこそ、祖父が健康で長生きすることを、泉は誰よりも願っていた。
食事の間、拓を除けば、他の三人はとても和やかだった。
泉は祖父母を喜ばせるために話題を考え、彼らと笑顔で会話を交わした。その光景はまるで本当の家族のようだった。
傍にいた家政婦が言った。
「お嬢様が来ると、ご主人様の元気が前よりも増したように見えます」
食事を終えた後、泉は祖父と一緒に少しの間、将棋をした。
泉の将棋の腕は祖父から直接教わったもので、驚くほど早く上達していた。そのため、祖父も油断できず、真剣に対局に臨んでいた。
「お爺さん、それはズルだよ!」
祖父が一度置いた駒を取り消したのを見て、泉は抗議した。しかし、その目は笑いに満ちており、明らかに祖父に甘えているのが分かる。
「いや、まだ駒を置いてないぞ。これはズルじゃない」
祖父は堂々と駒を拾い上げ、別の場所に置き直した。
「そこに置くんだね?確定だね?」
祖父は泉をちらりと見て、一瞬ためらいながらも頷いた。
「確定だ」
すると、泉はすぐに黒の駒を自分の手から落とし、
「やったー!お爺さん、負けたね!」
祖父は目を見開き、泉の策略にはまったことに気づいた。
「ダメだ!これは無効だ!」
と叫び、白の駒を元に戻し、ついでに泉の黒の駒も箱に戻した。
「これは置き間違いだ。やり直しだ!」
その様子を見ていた拓は、活気に満ちた泉と、子供のように駄々をこねる祖父を眺め、思わず微笑みを浮かべた。
彼と兄弟たちの前では常に厳格だった祖父が、泉の前ではこんなにも無邪気でわがままになるとは。
突然、泉が拓を指さして言った。
「お爺さん、彼が嘲笑してるよ!」
祖父の視線が拓に向けられると、彼の笑顔は瞬時に凍りついた。
「このバカ、わしを笑うなんて!さっさと泉にお茶でも入れてこい。ただ立っているだけで役立たずだな!」
拓「……」
拓は黙ってお茶を入れに行った。その背後では泉の笑い声が響いていた。