第16話 好きになって十年が経つ
午後になり、二人は実家を後にした。
車の中で、泉はぽつりと聞いた。
「お爺さんの態度を見れば、離婚に反対しているのが分かるはずだ。これからどうするつもりか?」
拓は窓の外を見つめ、ため息をつきながら答えた。
「まずは離婚届を提出しよう。それを隠しておいて、後で少しずつ説明する。」
やはり、彼の考えは変わらなかった。祖父に叱られたとしても、彼の意思は揺るがなかった。
泉の胸は苦しさでいっぱいになり、一呼吸ごとに心が引き裂かれるようだった。
彼女は目を伏せ、静かに頷き、小さな声で言った。
「分かった。いつ行くか?」
拓はスマートフォンの日程表を確認し、
「この数日は忙しい。来週の月曜日でどうだ?」
「いい」
泉は簡単に承諾した。
彼女のあまりにあっさりとした返事に、拓は口を閉じたまま彼女を数回ちらりと見た。
冷静に考えれば、泉は非常に美しい女性だった。
切れ長のアーモンド形の目は、時に優しさを、時に鋭さを持ち、その視線には魔力があり、人を引きつけて離さない。
滑らかで整った卵型の顔立ち、小さくも整った鼻、ふっくらとした唇、そして微笑むと現れる愛らしいえくぼは、彼女に一層の魅力を与えていた。
さらに、泉の体型は柔らかくしなやかで、美しく引き締まっていた。彼女は強い自己管理の精神を持ち、毎週数日間、仕事の後にヨガで体を鍛えていた。
これらをよく知っているのは拓自身だった。
彼らの3年間の結婚生活の中で、拓は彼女との時間が忘れられないほど情熱的なものだった。
それだけではなく、彼女は能力も非常に優れていた。大学時代には国家奨学金と学長奨学金を受賞し、全国英語大会では優勝し、公費留学の資格を得た。MQブランドの発展も、彼女の努力によって予想以上に成功していた。
こんな女性を好きにならない男性がいるだろうか?
離婚した後、彼女は誰の手に渡るのだろう?
拓はふと、不意に聞いてしまった。
「君には、好きな人がいるのか?」
泉は心臓が一瞬跳ねるような感覚を覚えながら拓を見つめ、静かに答えた。
「いるわ」
それは目の前にいる彼——拓だった。彼を好きになって十年が経つ。
それは、父親を亡くしたばかりの頃のこと。朝倉家に引き取られた彼女は、怯えながら毎日を過ごしていた。
その時の記憶は今でも鮮明に思い出される。
あの頃の彼女は、自尊心が低く、敏感で、怯懦な少女だった。人に頼らざるを得ない生活に絶望し、世界に背を向けていた。
だが、その暗闇の中に突如として彼が現れ、彼女の心の土壌に一筋の温かい光をもたらした。その光は、彼女の中に消えることのない希望を根付かせた。
彼女はずっと彼を追いかけ、彼のそばに近づきたいと願い、努力を重ねてきた。いつか彼と肩を並べる日を夢見て。
だが、彼の心にはすでに想い人がいた。彼は彼女のために足を止めることはなかった。彼女が彼を手に入れたとしても、それは長くは続かない運命だった。
もしかすると、それは天が定めたことなのかもしれない——彼女は孤独で生きていく運命なのだと。
拓はその言葉を聞いて、胸の奥に妙な苛立ちを覚えた。
彼女がそんなにも離婚を急ぐのは、きっとその「好きな人」と一緒になりたいからだろう。
「その人も君のことが好きなんだろう?」
なぜだか、拓はその答えがとても聞きたかった。
泉は軽く首を振り、答えた。
「いいえ、彼は私を好きじゃないわ。彼には長年想い続けている人がいる」
拓の胸の中は、さらに不快感で満たされた。
「君を好きじゃないのに、どうして彼を好きになるんだ?」
泉は自嘲気味に笑い、
「好きになるのに、どうして理由がいるの?」
拓はその答えに一瞬驚き、目に一瞬の暗い影が走った。